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T's Columns

多少過激なコラム書き殴り

支那人・朝鮮人と日本人

支那人と言っても主に漢民族朝鮮人と言っても主に韓民族のことだ。
 
この両民族は非常に似ている。一つはその歴史に法治国家だった例しがなかったせいで遵法精神がないことだ。法律を守ろうという考えがないのだ。現在でも交通法規を守らない国民として有名だ。契約すら守らないのだ。彼らの価値観は損得なのである。得になるなら契約も約束も守るが、損になると思えば平気で契約も約束も破る。信用も裏切りも損得で決まる。お互いに損得で付き合うので最初から信用することはない。騙すことは知恵だとすら思う。騙されるのは間抜けだからだ。
 
共に儒教の影響が強く、人間を上下関係でしか見ない。従って力でも知恵でも強いものが上に立つ。弱ければ従うしかない。職業には貴賎があって無産階級の役人と学者が最上級の地位だ。労働は下層民のすることである。軍隊には落ちこぼれしか入らない。最も差別される職業なのだ。規則を守らない軍隊は武装強盗の類いでしかない。過去の支那軍も朝鮮軍も武装強盗と変わらなかった。だから日本軍の敵ではなかったのだ。
 
強いものにはどこまでもへつらう。その代わり弱いものはとことん差別し叩きのめす。「溺れた犬はたたき落とせ」というほどだ。子供を育てるときには「負けるな。騙されるな。」と教える。不具者や障害者、知能遅れは徹底的に差別する。これも儒教の影響だ。
 
これらは常に生きるか死ぬかの選択を迫られる生活をしてきたからである。支那は数百年単位で征服者が替わり、その度に旧体制側は皆殺しにあった。為政者は権力闘争を繰り返し、役人は私利私欲で動いた。民衆は搾取に会うだけで嘘で身を守るしか方法がなかった。数千年の歴史を通して、こういうことが繰り返されたのだ。だから今でも習い性となったわけだ。朝鮮には今でも「官災除け」と言う厄除けの札がある。いかに役人の搾取が厳しかったかという証拠だ。
 
日本人も戦国時代まではそういう傾向が強かった。権謀術策で生き残るのが常だったからだ。戦国大名は生き残るために損得を基準にした。騙されることは死に繋がった。農民は戦にかり出され生きるか死ぬかの選択を常に強いられた。農兵の報酬は略奪だったのだ。女も略奪の対象だった。
 
しかし日本では織田信長が歴史を変えた。裏切りと侵略が常の時代に、信長だけが戦のない天下統一を志した。信長は農兵を使わなかった。貿易で富を蓄え、兵農分離を実現した。兵士には金銭で報酬を与えた。兵士が略奪をする必要がなくなったのだ。ちなみに武田軍は略奪の限りを尽くし、武田軍の通った後には何も残らないと言われるほどであった。他の戦国武将も武田軍ほどではなかったが同じことをしていた。
 
信長は天皇家までが帰依していた宗門を徹底的に叩きのめした。時の宗門は戦国大名も適わない経済力と武力を持っていたからだ。楽市楽座は宗門の収入、関所税や場所代、通行税などを無効にするための政策だった。だからこそ天台宗法主顕如は信長を仏敵と称して宗徒を扇動したのである。武田信玄上杉謙信も宗門に帰依していた。彼らに天下統一は不可能だったのだ。戦国大名が皆天下を狙ったなど真っ赤な嘘である。信玄が上洛を目指したのは室町幕府を支援するだけのことでしかなかった。謙信などは関東管領になりたかった程度の小物だ。謙信室町幕府の補佐をしようとしただけである。
 
信長が御所近くで馬揃えをしたときには、市中で若い婦女に狼藉を働いた雑兵を即刻打ち首にした話は有名である。信長軍は軍紀が厳しかった。これも信長軍にしかなかったことである。信長が本能寺で明智軍に取り囲まれた際には、市中に出ていた家来が皆駆けつけて主君と共に討ち死にしている。信長が家来に慕われていた証拠だ。信長は天才的な人材登用をした。しかも概ね公平だったのである。
 
下克上が常識だった時代に明智光秀が裏切り者と言われているのは、信長が常識を変えた証拠でもある。秀吉も家康も信長の意志を継いで時代を変えた。江戸時代は軍政の時代だが、軍人が文武両道を規範としたので、騙さない、嘘をつかない、強きをくじき弱きを助けるという新たな規範が出来上がった。
 
信長や家康のお陰で日本人にとって正直者や弱きを助けることが美徳となった。ここが支那や朝鮮と根本的に違う点である。そして儒教の教えでも忠や孝を強調したことと為政者である武家が金銭を不浄の物としたことで、権力と富とが一体にはならなかった。武家が商人に借金をしていた時代なのだ。つまり富の偏りが少なかったために庶民に不満がなかったのだ。裕福なのは商人だった。しかも裕福なだけでは尊敬されなかった。だから裕福な商人たちは庶民に施しをすることで尊敬を集めようとした。幕末でも維新の志士を経済的に助けたのは市井の商人たちだった。時代劇によくある代官と商人が結託して金のために悪さをするなどということは江戸時代にはあり得ないバカげたフィクションなのだ。
 
日本の正規軍が支那大陸で無敵だったのは、ろくでもないごろつき集団と戦ったからである。支那大陸で略奪や虐殺を繰り返したのは支那軍だ。それも日本軍に追われて逃げる際に自国民を虐殺し略奪したのだ。蒋介石は得意気にそうしたことを自著に残している。