T's Columns

多少過激なコラム書き殴り

加藤登紀子の夫

加藤登紀子は夫の藤本敏夫が始めた農事組合法人鴨川自然王国」を引き継いで今でも主催している。藤本は同志社の学生時代に共産主義者同盟に加盟していわゆる学生運動をしていた。加藤とはそれで知り合い、藤本が全学連闘争の責任を問われて投獄されると、獄中結婚をして話題になった。学生運動の主体は共産主義社会主義、無政府主義など多彩だったが、共産党派のような教条主義的なものではなかった。いわゆる反社会主義、反政府主義であろう。マスコミも当時「赤い太陽族」とか「赤いカミナリ族」などと呼んでいた。単に現実社会に不満を持ち暴れ回りたい若者の集団、とでも言うようなものだったのだろう。多少インテリな共産主義者の暴走族といったところだ。

ところがそんな赤い暴走族たちが内ゲバなどと言う暴力沙汰を引き起こし始めた。過激な暴走を始めたわけだ。連合赤軍などがその例だ。藤本はそういう暴力沙汰には批判的で学生運動を止めてしまった。学生時代にヤマギシズムの講習などを受けたりして集団農業活動には興味があったようだ。そこで千葉県鴨川に移住して「鴨川自然王国」を始めたという。

加藤登紀子はどのような信条の持ち主なのか主張を聞いたことはないので解らないが、若い頃には「日本と聞いただけで虫酸が走るほど嫌いだ」と言っていた。反日主義なのだろう。その後の選挙活動などを見ていると無政府主義者のようである。しかしそういう信条は隠している。歌手生活に支障が出るからに違いない。

ヤマギシズムとは信条的に同じかどうかは公表していないので解らないが、鴨川自然王国は同じ農事組合法人だ。集団農業組織でネット販売などもしている。自由主義経済とはありがたいものではないか。共産主義者にも分け隔てはない。

藤本は「希望」という政党を興して選挙に出たこともある。主張は「原発反対」などであった。当然落選してその後はぱったり止めてしまった。晩年には株式会社の代表でもあった。共産主義者が株式会社の代表になるなどノンポリの代表みたいな御仁だ。加藤はそういう夫の記念館を「鴨川自然王国」の中に作っている。

藤本のような「赤い暴走族」が暴れ回った60年安保闘争など、子供の頃にお勉強ばかりしていて遊んでいなかった当時の大学生が、退屈凌ぎにやった馬鹿騒ぎでしかなかったのだろう。社会に出てからは社会主義的発想は変わらなかったものだから、役人になった東大卒などは日本の進路を時々危険にさらすような邪魔ばかりしている。